- 2007年12月 4日 12:01
- 自己紹介
CNET Japanブロガー吉澤準特さんのエントリ「実は変化など望んでいないエンジニア達?」 にリスペクトさせて頂きたかったのですが、何分にも本業が忙しくて甚だ遅くなってしまいました。
http://japan.cnet.com/blog/0040/today/2007/11/19/entry_25001845/
友人にも「1年半もCNET Japanで書いてきて、よく化けの皮が剥がれなかったな」と感心してもらっておりますが、今回は「IT業界に関わろうとしている人たち」に、こういう仕事も有る(有った)と言う事でエントリさせて頂きます。(ご存知の通り、私は言葉を上手く紡げませんので、乱文ご容赦下さい、なお、友人の言葉には「最初から剥がれてます」と答えました)
私はメーカーSEでした。
遠い昔の話です。
私は某メーカーのSEでした。いろいろ有って会社を辞めて起業した口なのですが、辞めた後思った事が、どうも私が配属されていた部署は「エリート集団」だったようです。
今になって反芻すると、そうそうたる大学出身の方が居られました。
私自身は若造で「使い走り」でしたが。
惜しむらくは「勘定系」では無く、「情報系」一本槍だったことです。「情報系のテクニカルSE」でしたので、オペレータの方とも一緒に仕事をこなしておりました。
その時の体験です。
汎用機リプレースと言う事で「工場見学」を行う事となり、勿論、私は「使い走り」でしたので、いろいろな手配を行いました。
これ以後は、詳細はご勘弁下さい。
当日は、○○銀行様、○○公社様、お着きとなるのですが、工場長自ら出迎えるほどの歓迎ぶりです。
中略
ベンチテストを拝見させて頂いて、これは壮観です。
見学者の方の一人が「これは、どのくらいベンチテストを行うのですか?」との問いに、工場長は「○○くらいです」皆さん一様にどよめきが。
○○の製造過程に於ての苦労話(職人芸)では、更にどよめきが。
注)この職人芸の話は「物凄く面白い」のですが、書けません。申し訳ございません。
中略
若造の私が一番感動した工場長の言葉とは、
「私が若い頃は、実験の失敗などをすると随分と叱られたのもです。うちは家電製品で食わせてもらっているんだぞと」
今でも、私は「メーカーあがり」のSE、若しくは「これだからメーカーあがりは...」と揶揄されておりますが、当時、これだけの施設、人員と当然資金が掛かっている場所を見たのは初めてだったので、大いに感動と責任感を覚えました。
最後に、この話は、
「うちはコンピューターメーカーだから、君も明日からSE作業をこなしてもらうよ」
と言われて、昨日まで工場で一生懸命作業なされている方を配置転換して -> 依願退職
などと言った事が無かった「レトロな時代」の話です。
IT業界と言ってもその裾野は広いので、いろいろな仕事が有ると言った事の一つとして、書かせて頂きました。
